ピオ・チェーザレ 来日レポート全文。
ウチのお客さんの手元には届いていると思うけれど、ピオ・チェーザレのセミナーレポートを書いた。
長いけれど、よければ読んで下さいまし。
~ ピオ・チェーザレ当主ピオ・ボッファ来日レポート ~
有限会社エノテカ・ビアンキ 丸谷 崇
6月7日、バローロの造り手ピオ・チェーザレの現当主、ピオ・ボッファが来日、「特殊な」試飲セミナーが行われた。
~ ピオ・チェーザレ ~
アルバに本拠地を置くピオ・チェーザレは、創業1881年。その歴史と、アルバにおけるワイン造りへの貢献から、アルバ市の紋章を自社のワインラベルに掲げることを許された、唯一の造り手。
とりわけ「伝統」を重んじ、その考えに則って今日までワイン造りを全うしている。
良いものを安定的に供給することが同社の務めと考えており、伝統とは不変ではなく、基となる考えを守るために最良のものへと更新すること、これこそが伝統であり、変えないことが良いことではない、と説く。
E’ non chiamatelo “BASE”
Please don’t call it “REGULAR”
(フツーの、なんて呼ばないで。)
これは、現行ヴィンテージのバローロのラベルに記されているフレーズ。
今回ピオ・ボッファが来日した目的は、これを日本のワインラヴァーに知ってもらうためだ。
かつてバルバレスコの雄、アンジェロ・ガヤは、バルバレスコのクリュシリーズをリリースした際、代々造り続けているバルバレスコの、「並の」とか「ノーマルの」といった世間の呼び方に我慢ならず、クリュシリーズを全て「ランゲDOC」に格下げしたのは、あまりに有名な話だ。
ピオ・ボッファによる今回のセミナーも、その考えに似ている。同社が誇るクリュ・バローロ「オルナート」をリリースしたために、伝統的に造り続けている「バローロ」が市場では、「レギュラー」と呼ばれ続けた。
彼はこのセミナーの冒頭で、
「私はこの試みをずっと昔から考えていた。そして今日、ようやくそれが実現した。」
と嬉しそうに話した。
造り手なら誰でも、自分の造ったワインが、「フツーの」なんて呼ばれたくないものだ。
まして それが、「フツーのワイン」とは到底呼べない「バローロ」の造り手なら、なおさらだ。
~ セミナーの内容 ~
バローロ・エリア内にピオ・チェーザレが所有する主要な畑、ロンカリエ(ラ・モッラ)、モスコーニ(モンフォルテ・ダルバ)、オルナート(セッラルンガ・ダルバ)のそれぞれ3ヴィンテージ(2016、2015、2014)の樽熟成中のサンプルを2週間前に瓶詰めしたもの、そしてそれらのクリュを全てブレンドしたピオ本来のバローロの同3ヴィンテージ、つまり同じヴィンテージのバローロ4種を3ヴィンテージ、計12種類の「不完全なバローロ」を、ピオ・ボッファ自らの説明と共に、比較テイスティング。
これが、最初に「特殊」と書いた理由だ。
ピオ・チェーザレは、その長い経験から、同社の考える「バローロ」は、セッラルンガ、モンフォルテ、ラ・モッラなどから収穫したネッビオーロを、「個別」ではなく、発酵前に「全てブレンド」してバローロを造る。
つまり、それぞれのクリュを名乗ったバローロは、そもそも造っていないし、樽熟成中のこれらのバローロは本来、存在しない。
これらのバローロはピオ・ボッファが、いつかやろうと考えていた今日この日の為に、作ったのだ。時間と手間とお金をかけて。
彼の想いがいかに強烈かつ切実であるかは、このことを考えれば想像も容易だ。
テイスティングは、ヴィンテージごとにそれぞれのクリュを飲み比べるスタイルで行われた。
ヴィンテージとクリュの個性を、ピオ・ボッファの言葉で記す。
~ ヴィンテージについて ~
2016年
稀にみる素晴らしい年。
暑くはないが暖かい年で、乾燥しすぎず、ブドウの成熟がゆっくりと進んだ。
10月末まで夜が涼しかった。豊かな果実味が特徴のバローロとなるだろう。
2015年
暑く、乾燥した年。
2016年と比べると酸度が少なく、ドライな1年。
8月と9月はブドウの房がやけるほどの暑さを伴った。
根を地中深くまでおろしたブドウは、その影響を受けにくい。
2014年
一般的に難しい年とされているが、バローロ・バルバレスコ地区ではその逆。
クラシカルな年。6月と7月に雨が多く涼しい日が続いたが、雨の降らない日は暑かった。
雨がブドウの熟すスピードを遅らせ、7月に30%もの厳しいグリーンハーヴェストが行われた。8月、暑い日が続き、遅れていた成熟が一気に進んだ。そのあとは良い気候が続いた。
ピエモンテのオールドスタイル。
個性や強さを求めるのではなく、ピノノワールのようなエレガンスを求めるべきヴィンテージ。
~ クリュについて ~
ラ・モッラ <ロンカリエ>
バローロの区画の中で最も大きく、かつ生産量が多いのがラ・モッラ。
強い個性はないがエレガントでフルーティ、そして柔らかさを伴ったバローロとなる。
砂質が多いため、軽やかで優しく、開きやすい。
モンフォルテ・ダルバ <モスコーニ>
引き締まった果実、しなやかで大きく、多面的な味わい。
優しいタンニンでシルキーな舌触り。
セッラルンガ・ダルバ <オルナート>
タンニンと骨格、酸が溶け合っている。
樽での熟成を要する力強さ。複雑み。
ピオ・チェーザレが考える「理想のバローロ」とは、それが持つ「厳しさ」が備わっているものだという。だから、そのキャラクターを最も多く備えている「セッラルンガ・ダルバ」のネッビオーロが、バローロ全体の60%、と最も多い。逆にその対極にある「ラ・モッラ」のものは、その比率が最も低い。
それぞれのクリュのものは、たとえ樽の中に眠っているものはいえ、やはり「バローロ」の個性を持っている。しなしながらそれと同時に、「何かが足りない」。
それは、ラ・モッラならタンニンが、モンフォルテなら骨格が、セッラルンガならば上品さとしなやかさが、それぞれ不足している。
それぞれの長所を活かし、足りないものを補うことで、全てのテロワールを備えたバローロができあがる。
だから、ピオ・チェーザレのバローロは、畑を表現しているのではない。
「バローロ」そのものを、表現しているのだ。
これこそ、ピオ・チェーザレのコンセプトである。
本来、彼らの伝統でなかったクリュのプロトタイプを作ることで理解を求める、「変えないために変える」、いかにもピオ・チェーザレらしい伝統といえよう。
これら12種類の「不完全な」バローロをテイスティングしたのち、現行2013年ヴィンテージの「バローロ」をテイスティングした。この年は、「2012年と比べると暖かい年で、ブドウの成熟期間は長かった。好ましい凝縮感とフレッシュな果実味、そしてタンニンとのバランスが整った味わい。ワインは、長い熟成が期待できるだろう。」とのこと。
個人的に、これまでテイスティングした12種のどのバローロよりも、均整がとれていて美味しかった。ピオ・ボッファの言う厳しさを備え、バランスが整い、そして何より、安心感があった。
「フツーの」と言われ続けたことに異を唱えて行動したのが、今回のセミナーの主旨。
大いに勉強になったがそれよりも、解ってもらうために努力を惜しまない、造り手の熱意に感服した。実際、彼も言っていた。
「ワインは商売ではない。情熱だ。」
とね。
ピオ・ボッファが長年思い続けていた願いが解ったように感じたのでこのレポートを綴ったが、文字だけでは分かりにくいと思う。とはいえ、造り手のこの努力を知っていれば、彼のバローロを飲んだ時、ずっと深く味わえるはずだ。「特殊な」セミナーだったからこそ、得たものも特殊で、また大きかった。
どうか、彼らの努力の結晶である「バローロ」を、実際に飲んで確かめてほしい。
飲めば必ず、「店に1本置いておきたい。」
そう思うはず、ですよ。
2017年6月21日 夏至
~ 業務用イタリアワインなら! エノテカビアンキッ!! 造り手の意を汲みとるのだッ! ~